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千代に八千代に、細石の苔のむすまで ふぁ、とあくびをすれば冷たい空気が肺を満たした、嗚呼、さすが月の上だ。 無音の中で遠く音もしない、そんな中にパピヨンはいた。 いつも見上げている月に来てみたはいいものの、これでは退屈すぎて不老不死に一番近い身といえども死んでしまいそうになる。 こんな中であいつ等はいつも過ごしているのかと思うと気が遠くなりそうだ。 「創造主」 「んー?」 首をかしげて後ろを見れば其処には金髪がひとつあった、月の色よりも太陽の色に近いそれはくすみもせずに其処にいた。 後ろに立ちつくした男に軽く微笑めば、男は頭を下げ恭しく例をした。 恭順。 「鷲尾、お前はいつもこんなところで過ごしているのか」 「はい、創造主」 まぁ聞くだけ馬鹿な話だろう、彼は此処にいる以外に行く場所がないのだから。 月にいる、それだけ幸せなのだろう。 (此処に存在する前に倒されてしまった輩だって大勢いるのだ) パピヨンはそう思うと鷲尾の髪をそっと撫でた、嗚呼、久しぶりに触れた気がする。 柔らかい髪質が手からするりと逃げる。 「創造主は、お元気でしたか」 「まぁね」 元気、というのは変だろうが血を吐くのにも苦しみにももう為れた。 寧ろこの痛みや苦しみこそが生きているという証拠だと受け止めているくらいだ、死にかけだったあのころには感じる余裕なぞなかったからこれは新しい感覚だと思っている。 「お体の具合は」 「最近は安定してるよ、まぁ血は吐くけどね」 「………!」 「安心しろ、もう人間じゃあない…それくらいじゃあ死なないさ」 パピヨンはそう不敵に笑うと鷲尾の頬に触れた、機械じみた冷たい皮膚の温度が指に伝わる。 月の上は氷点下だったんだ、そうパピヨンはぼんやり考えると指先に伝わる温度に苦笑した。 月の上は岩だらけ、何もない。 こんなところにいたらきっと自分なら一月も立たずに退屈に殺されてしまうのだろう、いや、それともこれを利点ととって実験三昧の日々を送るのだろうか。 (月からのノーベル賞受賞者なんて新聞一面を飾るにふさわしいじゃないか) まぁノーベル賞ごとき造作もない話ではあるのだけれど。 パピヨンはそんな事を考えてくっくっと腹を折りながら笑った。 そんなことを考えたあと、パピヨンはひとつ考え事をした。 それはどうでも良い考え事だったのだが、それによって何かあるということもなくただ疑問が浮かんだだけのことだったのだがパピヨンはそれを口にした。 「…なぁ、鷲尾」 「はい、創造主」 パピヨンは口を開き、閉ざそうとしたところでまた開いた。 薄い唇から、言葉がこぼれる。 「お前、こんなところにいてつまらなくはないのか」 それはふと浮かんだ疑問だった。 花房や巳田、蛙井や猿渡と違いこいつは感情や趣味といった人間らしい部分がかなり欠如されている。 あいつ等は感情がある分此処での暮らしは退屈だと感じているはずだろう、しかしこいつはどうなのだろうか。 (悲しいとか、思うのだろうか) パピヨンがそう思いながら鷲尾を見れば、鷲尾はぼんやりとした顔でパピヨンを見ていた。 そして片膝をつくとパピヨンにいつもの仏教面で語り出した。 「とても飢えております」 「ほぅ」 飢えている、とはどういう意味であろうか。 食事はとらせてあるし、うさぎもたまに送ってやっている、何が飢えているのだろうか。 感情的な、部分だろうか。 「創造主」 珍しく、鷲尾の方から口を開いた。 パピヨンが珍しそうな顔をしたのだろうか、鷲尾は少し下を向くと身長にしゃべり始めた。 「私は、飢えています」 「嗚呼、さっき聞いた」 「私は、貴方に飢えております」 そう鷲尾が言った途端パピヨンは驚いたような顔をしたのだろう、鷲尾は同じように驚いた顔をしてパピヨンを見つめた。 それでも、鷲尾はそのまま話し続けた。 「私は創造主に飢えております、私が月に送られてから一年も貴方に触れていません、一年という日付はとても短いように感じられました、しかし現実には長かったのです、貴方がいる地球を眺めて一年が経ちました、私の目は貴方が創られた目、私の視力は空にいる時に地に動き回る鼠を仕留められるほどに良いのです、しかし今はどうでしょうか、私は月で地球を見つめますが貴方の姿を私は確認することが出来ないのです、貴方が見えているはずなのに見えないのです、何をなさっているのか、どこにおられるのか、私はそれすら判ることが出来ないのです、あんなに近くにいたはずなのに、それでも私は地球を見つめ続けることしかできないのです、創造主、私は貴方に飢えています」 そう鷲尾は吐き出すように言うと縋るようにパピヨンの袖のフリルを摘んだ。 固く閉ざした心から漏れてしまった指先二つ分が賢明に彼に訴えていた。 パピヨンはそんな彼を見ながら悲しそうに何もしなかった。 頭を撫でるでもなく、何を言うでもなく。 ただ彼の指先二つ分を、黙って受け止めていた。
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